1966年型 タイプ1コンバーチブルが
ある父子の夢をのせてドイツに帰る

ドイツの本社ミュージアムに贈られた
1966年型 タイプ1コンバーチブル

 いま、一台の1966年型のフォルクスワーゲン・タイプ1コンバーチブルが日本から船でドイツに向かっている。54年ぶりの里帰りになる。
 54年前の大阪で新車で購入し、2010年に亡くなられたオーナーの遺志にもとづき、息子さんが奔走した結果、フォルクスワーゲン本社のミュージアムに寄贈されることになった。
 日本国内のクラシックカーのオーナーが国内のミュージアムなどにクルマを寄贈する話は良く聞くし、実際、そうしたクルマが展示されることも珍しくない。だが、海外、それもドイツの本社ミュージアムにまで寄贈するなどという壮大な目論見は聞いたことがない。
 息子さんに、さっそく電話を掛けた。短い通話だったが、そのタイプ1コンバーチブルのコンディションの良さが想像できて、オーナーだった父親の想いの深さ、時代背景などがとても良くわかった。
  現在のオーナーである廣野幸誠さんは、大阪で株式会社廣野鐵工所を経営している。祖父が父の元吉さんとともに、1945年つまり終戦の年に創業した。
 35歳だった元吉さんが1966年に(株)梁瀬(現・ヤナセ)大阪歌島店に展示されていたタイプ1コンバーチブルを購入した。

 54年間で一度も雨天で走らせたことがなく、休みの日になると元吉さん自らが手入れを欠かさなかったというだけあって、新車のようにきれいでオリジナル状態を保っている。廣野さんのガレージの前に置かれた姿にしばし見惚れてしまった。
「父は、設計者や造った人たちの意思を尊重して、オリジナルの状態を保って乗り続けることをずっと心掛けていました」
 さらに驚かされたのは、元吉さんの言葉を裏付けるような保存状態だ。後席のフロアマットが割れていた。
「それは新車からのもので、途中で経年劣化で割れてしまったのですが、父は新品を買い足しながらも“それは、そのまま使う”と置いてあるのです」

 幌のカバーも、適度に使われていた痕跡を微かに残しながらも丁寧に畳まれて、トランクスペースに収められていた。
 中には、元吉さん自身がモディファイを施している部分もある。フェンダーの端に表側からは見えないように穴を開けたり、エンジンフードの裏側にゴムパイプを這わせ水を抜けやすく加工している。雨天時には乗らないようにしていたが、用心して水抜き穴を開けていた。錆を未然に防ぐためだ。
 他にもそうした工夫やモディファイがいくつも施されている。しかし、それらはどれもこれ見よがしの“改造”ではなく、極力、目立たないように手当てされている。
「カネコさん、どうぞ」
「えっ!?」
「運転してみませんか?」
 万が一、壊してしまったり、アクシデントに巻き込まれてしまったら台無しだ。しかし、こんな素晴らしいタイプ1コンバーチブルを運転できるチャンスなど、もうないだろう。千載一遇のチャンスの前では、謙譲は美徳ではない。会社に向かって走り出した。

 タイプ1コンバーチブルは、スタンダードのタイプ1と同じ、バックボーンフレームシャシーに空冷の水平対向4気筒エンジンを組み込んである。トランスミッションはマニュアル4速。
「ローで引っ張るのではなく、すぐにセカンドに入れて加速した方がスムーズに走れます」
 廣野さんのアドバイス通りに、幹線道路でタイプ1コンバーチブルを加速させた。3速から4速へと速度を上げたところで前方の信号が赤に変わった。
「ブレーキは現代のクルマと違いますね」
  現代のクルマのように、瞬間的に強く踏みつけるのではなく、じんわりと踏み続けなければならない。
 トランスミッションの操作も拙速は禁物で、シフトアップも確実に行わないとギアが鳴って入らなくなりがちなのはこの年代のクルマに共通している。ニュートラルのポジションでいったんクラッチをつなげるダブルクラッチを踏めば、より確実だ。

 ブレーキと変速さえ確実に余裕をもって行えば、幹線道路のクルマの流れに従って走ることはまったく問題ない。エンジンは完璧に整備されていて、快調そのものだ。オリジナルのままというラジオからAM放送が聞こえてくるのもタイムスリップした気分だ。
 幌を下ろして走っていたが、乗り心地が良いのにも驚かされた。強固なバックボーンフレームに4輪のサスペンションが取り付けられ、それらが路面からのショックを巧みに吸収している。風を頬に受け、空冷フラットフォアのビートを聞きながら走るのは心地良い。これを運転することになるフォルクスワーゲン本社ミュージアムのスタッフも感嘆するに違いないだろう。

 

寄贈してくださった
廣野さんたちの想い

 会社に到着した。3年前に、大阪湾に近かったところから高台に移転してきた。ここなら津波や台風の心配がない。モダンなデザインのオフィス棟とそれに連なる工場棟は廣野さん自身が設計し、地元の各分野の専門業者に施工してもらった。

 玄関前には、創立者である祖父の胸像が建てられ、入り口の屋根を支える柱の根本にはHIRONOと記されたスパナを模したモニュメントが横たわっている。

「これですか!?」
 電話で伺った創業時のエピソードが具体的な形となっていた。
「ええ。ここに移転してきた時に、若い従業員たちが造りました。これを、ちょうど祖父がいつも見守っているというかたちとなっています」
 廣野鐵工所が創業した終戦直後は、大阪だけでなく日本中が極度の耐乏状態にあった。工場はアメリカ空軍の爆撃によって破壊され、焼け残ったものを工夫しながら戦後の時代が始まっていった。
 「当時は、空襲で焼かれた工場の設備の中から、使えそうなものを役所が競売に掛けていました。祖父と父は工作機械を入手し、修理して復元し、仕事を始めたそうです」

  空襲で焼けた工作機械なので、とてもそのままでは使えない。分解、清掃し、各部を研磨し、部品を入れ替えて組み立て直し、調整を繰り返して、初めて稼働できるようになる。それらに必要な部品や工具、油脂類なども絶対的に不足しているから、簡単にできる話ではない。
「焼けたボルトやナットなどが緩まず、無理に力を込めるとスパナが折れたり、変形してしまっていたそうです。“そういう場合は、ドイツ製のスパナを使えば良い”と知り合いの職人さんから教わり、扱い業者を探し出して大枚叩いて購入し、その甲斐あって解決しました。“ドイツの工具はスゴい”と、子供の頃から何度も聞かされました」
 そのようにして工作機械を整え、廣野さんの祖父と父は金属加工の仕事を少しづつ拡げていった。だから、そのドイツ製スパナは今日の廣野鐵工所の礎を一番最初に築くキッカケとなった、決して忘れることのできない大切なものなのである。

 玄関ホールには、創業の頃の機械類がたくさん並べられていた。使われなくなった機械も廃棄せずに保存していたのも、元吉さんの強い意向だ。
「工作機械だけじゃないんですよ」
 応接室には、使われなくなった昔のタイプライターが何台も整然と陳列されていた。
「父は、“モノには、それを造った人の魂が込められている。だから、壊れたり使わなくなったからといって、すぐに捨ててはいけない”という信念を持っていました。だから、こうしたタイプライターや下でお見せした機械のような道具類は、特に大切にしていました」
 元吉さんに限らず、戦中戦後の欠乏時代に苦労した経験を持つ日本人たちはモノを疎かにしなかった。ましてや、生産に携わる機械などはなおさらだろう。

 

 元吉さんがタイプ1コンバーチブルを購入したのは、廣野さんが小学校2年生の時だった。その時のことは、よく憶えているという。
「子供ごころにも、決してカッコいいクルマとは思えませんでしたね。虫のように見えました」
 廣野さんは、当時を思い出して笑った。
「エンジンはうるさいし、快適じゃありません。休みの日に、家族で遊園地などに連れて行ってくれるんですけれども、いつも午後早めに帰ろうとするんですよ。“ライトが暗いから”とか、“雨が降ってこないうちに”とかが理由でした」

 今となっては、どれも笑い話だ。小学生だった廣野さんにとってタイプ1コンバーチブルは理解しにくい存在だったが、中学生になると元吉さんも折に触れて説明してくれるようになった。
 空冷の水平対向エンジンをリアに積むことの合理性や、その設計は戦中からフェルディナント・ポルシェ博士によって進められていたことなどを元吉さんは廣野さんに伝えていった。
「父は、日常的なメインテナンスの他にもキャブレターの分解掃除やスパークプラグの点検清掃、ポイント調整など自分でできることはすべて自分で行っていましたから、その過程で知り得た設計上の工夫や、ピストンやクランクなど摩擦部分の優秀性などを噛み砕いて説明してくれました」
 タイプ1コンバーチブルは、元吉さんにとって家業の一端を廣野さんに教える格好の“教材”でもあったのだろう。

 周到な元吉さんは、実はタイプ1をもう1台購入していた。コンバーチブルでない、スチールルーフのタイプ1を雨天用に購入し、クーラーを付けて日常の移動に使っていた。2年間乗った後、弟に譲った。弟は、その後、20年30万km以上にわたって乗り続けた。
 工場を案内してもらった。現在、廣野鐵工所は従業員133名を数え、平均年齢も35歳以下と若い。最高齢の社員は78歳だが、昨年までは85歳の人が正社員として勤めていた。
「親子や兄弟、夫婦で勤めてくれている従業員もいます」
 つまり、離職率が低く、それだけ勤めやすい職場であることの証だ。
「顧客満足度よりも“社員満足度”の方が大事なのだと考えています」
 社員満足度ですか?
「はい。ウチの会社では、ひとりで全部の仕事ができるようになってもらうように人材育成を行っています。工作機械を扱えて、メインテナンスもできて、生産管理や部品の発注などもできるようなエンジニアになってもらいます。決して、機械のボタンを押すだけの“オペレーター”や“ロボット”にはしません。分業やアウトソーシングなどとは正反対の考え方です」

 結果をすぐに求めたがる最近の風潮とも異なってくるのではないか?
「若い人に経験者が仕事を教え続けると、若い人は脱皮するんです。自分ができなかったことができるようになって、それが自信につながる。自信は、達成感や充実感をもたらします。自分の居場所もできて、ほめてもらえます。仕事が面白くなり、自然と次の目標も立てられるようになります」
  人材育成は一朝一夕にはできないが、いくら生産設備が高度なものに進化しても、最終的にそれを使って生産を行えるかどうかは人間に掛かってくる。
「父も言っていました。“機械は、あくまでも道具である。製品は、人間が造る。人間がしっかりとしていないと良い製品は造れない”と」
 つまり、それが廣野さんが“社員満足度”を大切にしようとする理由だ。それは元吉さんの教えでもあるし、廣野さん自身の信念でもある。
「ドイツで同業の工場を視察させてもらったことがありますが、週休3日で生産性がとても高いと聞いて驚くと同時に大いに納得させられました。ドイツこそ、ひと足先に社員満足度の高さを実現していると思いました」
 元吉さんも廣野さんも、たびたびドイツを旅している。廣野さんは1976年に元吉さんと一緒に初めて出掛け、各地を訪れたが、中でもミュンヘンのドイツ博物館には3日間通った。
「父は若い頃からドイツへの関心が高く、マイスター制度などについても調べていました。スパナからビートルまで、終生、大きな信頼感を抱き続けていました」
 廣野さんも、会社を経営する上でドイツから受けた影響は大きいという。
 「モノの背景には必ず人がいて、その人の持つ技能は熟練した技術者から若者へと継承されていっているところが素晴らしい」

 

父子の想いをのせて、ドイツへの旅立ち

 翌朝、廣野さんはタイプ1コンバーチブルとの最後のドライブに出掛けた。妻とふたりの息子たちを伴って、大阪の自宅から積み出し港である愛知県の豊橋までの約250km。港に入ったら登録抹消手続きを行ってしまうので、日本の路上を走ることはもうない。数か月後には、54年前に生まれたドイツ・ウォルフスブルクの地に舞い戻り、フォルクスワーゲンのミュージアムに展示されることになっている。

「父は35年前に出掛けたドイツ視察旅行でフォルクスワーゲンやメルセデスベンツの博物館を見学していました。帰国後に、“このクルマも、いつか里帰りさせてやることができたなら幸せやろうなぁ”と口癖のように語っていました」
 ただ、具体的な手立てがあったわけではない。廣野さんは最初にドイツ領事館に問い合わせたが断られた。次にフォルクスワーゲンに問い合わせてみたところ、ウォルフスブルクの本社ミュージアムが興味を示し、シャシーナンバーや撮影した画像を送ったりして、やり取りが続き、ついにこの日を迎えることができた。
「父の願いを、どうしたら実現できるのか? どうしたら、このクルマを次の世代に引き継いでもらえるのか? 私もいろいろと調べ、考えました」
 息子ふたりはタイプ1コンバーチブルも運転できるように、AT限定ではない運転免許を取らせた。クルマは好きで自分のクルマも持っているが、彼らにはタイプ1コンバーチブルはそれこそ博物館級の“クラシックカー”に思えてしまい、自分のこととして考えられなかったようだ。

「日本国内にも立派な自動車博物館はたくさんありますが、このクルマがふさわしいのはドイツの博物館、やはりそれもフォルクスワーゲンの博物館しかないのではないかと思い至ったわけです」
 天候にも恵まれ、渋滞にも巻き込まれず、予定通り250kmを4時間あまりで走り切り、豊橋市のフォルクスワーゲン グループ ジャパンに到着した。海に面した敷地の一角が広大なPDIセンターになっており、日本に輸出されてきたフォルクスワーゲンやアウディ、ポルシェ、ベントレーなどが陸揚げされ、納車前の検査が行われている。
  タイプ1コンバーチブルは、ここからドイツに戻る船に載せられ、太平洋、南シナ海、インド洋、スエズ運河を通って、ドイツのブレーマーハーフェン港まで運ばれていく。

 タイプ1コンバーチブルがゲートをくぐり、建物の角を曲がると多くの従業員が出迎えてくれた。なんと、その中心で花束を抱えているのは、フォルクスワーゲン グループ ジャパン社長のティル・シェア氏ではないか。どうやら、サプライズ歓迎セレモニーらしい。
「フォルクスワーゲンで働き始めてから、今日ほど感激したことはありません。よく、ここまで乗り続けてくれました。重ねてお礼を申し上げます」

 廣野さんも万感迫るようだ。
「父は10年前に突然の心臓発作で亡くなったので、このクルマがドイツに帰ることはもちろん知りませんでした。でも、父の最後の望みでしたから、きっと喜んでくれていることでしょう」
 その場に集まったVGJの従業員たちから大きな拍手が送られた。キーと登録書類一式をシェア社長に渡すと、廣野さん一家は清々しい表情でVGJを後にした。

 奇跡のような2日間だった。終戦後の耐乏期のドイツ製スパナに端を発する元吉さんの物語がタイプ1コンバーチブルに結実し、また、ドイツに戻っていく。
「モノには、それを造った人の魂が込められている」
 元吉さんの想いは力強く、永遠に響いていくことだろう。タイプ1コンバーチブルは、廣野さん父子の想いが載せられてドイツに還っていく。

取材・執筆
金子浩久

モータリングライター。1961年、東京生まれ。
クルマを、社会や人間とともにあるものとして取材活動を行っている。
代表作「10年10万キロストーリー」は、一台のクルマに10年もしくは、10万キロ以上乗り続けた人を訪ね、人とクルマが織りなす物語を記録した、インタービューノンフィクション。主な著書に「セナと日本人」、「地球自動車旅行」「ユーラシア横断1万5000キロ」などがある。


写真
田丸 瑞穂

フォトグラファー。1965年広島県庄原市生まれ。スタジオでのスチルフォトをメインとして活動。ジュエリーなどの小物から航空機まで撮影対象は幅広い。また、クライミングで培った経験を生かし厳しい環境下でのアウトドア撮影も得意とする。

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